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卒業アルバム.comで卒業アルバムをお作りいただいた全国の学校様へ、インタビューを行ないました。

インタビュー1

最後の卒業アルバム

F市立小学校 M先生

私がいた田舎の学校は、全校生徒が21人で、一番生徒数の多い6年生でもたったの5人。そんな状況から、山を越えたところにある学校と来年から統合されることに。

学校にとって最後の卒業生なのに卒業アルバムに回せる予算もなく、当初は、記念写真でという流れになっていました。

そんな時、インターネットで“夢ふぉと”さんに出会い、事情を説明。

「ぜひ、私たちにアルバムを作らせてください!」

たった4人のためにアルバムを作る…。田舎の写真館にも断られたのに…。とあきらめかけていましたが、担当コーディネーターさんの力強い声に後押しされ、アルバム作りを依頼。

卒業アルバムが完成し、5人の生徒がアルバムを手にした時ー

「わぁ!」

と満面の笑顔で喜んでくれました。あの時の姿は、今でも目に焼きついています。

聞き手:林さゆり

インタビュー2

弱小野球部と私

O県立中学校 F先生

私が受け持つことになったのは、万年一回戦負けの弱小野球部。

「子どもたちに勝つよろこびを教えてあげたい」

そう思った私は、これまでと180度違う猛練習を課しました。 当然生徒たちは猛反発。部員は半分以上減り、

「自分の方針は間違っているのだろうか…」

と、何度も悩みましたが、何とか3年生最後の大会に参加。

しかし練習の甲斐もなく、結果は一回戦敗退。 私は、生徒たちの目を見ることができませんでした……。

その後、野球部の顧問も外れ、あの大会のことを話す機会も減り、 私はというと、卒業生の担任として、 卒業アルバムの制作を任される事になりました。

そんな、アルバム制作を進めている時、 思い出を書いた寄せ書きページに、ふと目が留まりました。

「あんなに練習したのに、勝てなかったのは悔しかった!」

「中学で野球をやめようと思ってたけど、やっぱり高校でも野球部!今度は甲子園!!」

「もっと練習してたらよかった!」

生徒たちからの熱いメッセージに、私が大切なことを教えられました。

聞き手:駿河彰宏

インタビュー3

先生は、お母さん

M市立小学校 I先生

初めて6年生の担任になり、卒業アルバムの制作も任された年、私は同時に赤ちゃんも授かり、冬休みを迎える前に産休に入りました。

卒業する生徒たちはもちろん、私にとっても、きっと一生の思い出になるに違いないと思っていたのに、代理の先生に任せてしまい、残念で仕方ありませんでした。

幸い、前任者から夢ふぉとさんは一番信頼できると聞いていたのもあって、まったく不安なく引き継げたのは、とても良かったのですが…。

その後、卒業とほぼ同じ頃、無事に元気な子どもが生まれ、退院して家に戻ってみると、卒業式に出れなかった私にもアルバムが届いていました。

アルバムの巻末には、生徒たちからの寄せ書きが入っていました。

“中学生になっても遊びに行くね!”とか

“赤ちゃん、だっこさせてね”

といった言葉がたくさん書かれていて、そのひとつに

“先生は私たちのお母さんみたいでした”

と、ありました。

ああそうか。この子たちも私にとってかけがえのない子どもたちなんだ…。

あの時感じた思いは、今でも言葉になりません。あのアルバムは、たぶんず〜っと私の大切な宝物になると思います。

聞き手:大野達也

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